アンコウの不思議な生態(生殖)

先生からの回答(第二版)
 
毎度
 
それでは,(2) アンコウの不思議な生態(生殖)について
(予想を超えた大論文になってしまいましたので覚悟してください.)
 
アンコウ目の魚にはおおまかに3つのグループがあり,
我々が食材としてよく知っている「アンコウ」を含むグループ,
イザリウオという魚に代表されるグループ,そして
チョウチンアンコウなどの深海魚のグループがあります.
(後の2者は基本的には食用にはしません.)
 
これらの共通点は海の底の方で生活すること(うきぶくろがない),
巨大な口を持ち,背びれの先頭部分が変化した疑似餌で小魚を誘い,
待ち伏せ型の捕食をすること,などです.また,繁殖に関係する事項として,
雄よりも雌の方がサイズが大きい種が多いようです.
 
私たちが食べる「アンコウ」(キアンコウはじめ数種の総称)でも
雄は雌よりふたまわりほど小さく,基本的に市場に出ているのは雌だけです.
(よって,アンコウの白子というものを味わうチャンスはほとんどありそうにない.)
雌はうきぶくろがないだけお腹に大量の卵を抱えることができ,
これは産み落とされると海面まで浮き上がります.
(何かで“ゼリーで包まれた巨大なカエルの卵みたいなものを産む”という
すごい話を読んだことがありますが,現時点では真偽を確認できていません.)
卵からかえった稚魚は当初海面近くで生活しますが,何度かの変態を経て
だんだん成体の姿に近づいていき,それに伴い生活の場所を深所に移していきます.
成魚はご存じの通り頭部についた「疑似餌」で餌を誘い,釣りのような捕食を
行います.この疑似餌は背びれの先端の棘が変化したもので,真っ暗な深海にすむ
チョウチンアンコウのグループでは発光するようになっていたりします.
基本的には海底や深い海で動かずに待ち伏せに徹していますが,
漁獲したもののお腹を開いたら中にカモメが入っていたなどということもあり,
まれには海面近くに泳ぎ出ることもあるのではないかといわれています.
アンコウの寿命はよくわかっていませんが,水揚げされるサイズのものは
平均8歳くらい,ということですから,10年近くは生きるもののようです.
 
こうしたアンコウ類のうち,深海にすむチョウチンアンコウのグループには,
きわめて変わった繁殖習性をもつものが知られています.
おそらくは同種の個体にはめったに出会わないし,探して見つけるのも困難な深海
ゆえの適応だと思われますが,雄が雌と出会うと,合体して融合してしまうのです.
 
さきほどアンコウ(キアンコウ)の雄は雌よりも小さい,と書きましたが,それでも
雌20〜30kgに対し雄は5〜10kgほどにはなるし,それなりに立派なサイズで普通の
繁殖を行います.ところが,チョウチンアンコウの仲間ではその差は極端に
拡大し,たとえばビワアンコウという種類では雌が体長2m近くになるのに対し
雄は15cmほどにしかなりません.体の形も異なっていて,並べると同種の魚には
絶対見えないでしょう.
雄は性的に成熟すると口がペンチのような形に変形し,広大かつ暗黒の深海の中で
ひたすら雌を探しまわります.(雌の出すフェロモン物質を感知し,近くまで来ると
疑似餌の発光パターンで同種であることを確認するといわれています.)
雌を見つけるとお腹とか背中とか適当なところに噛みつき,二度と離れません.
雄のペンチのような口はこの噛みつきのためだけにあるもので,変形してこの形に
なってしまうともう餌をとることはできないので,雌にたどりつかねば
雄の人生(じゃなかった魚生)はジ・エンドとなります.のっぴきならない
片道切符の旅なのです.
雌の方は自身の大きさの100分の1以下の雄に噛みつかれてもどうということはなく,
数匹の雄をまとめてぶらさげているケースも見られます.
 
雄が雌に噛みつくと,口の部分の皮膚が融合し,続いて哺乳類の胎盤のような
組織が形成されて血管系がつながります.消化管等は退化し,以降 雄は一生雌の
「付属物」として生きていくことになります.
(一応 呼吸は自分で行い,尾をちょっとぐらい動かすこともできますが,
最も重要な器官である精巣は完全に雌のコントロール下におかれ,雌の産卵時,
最も都合の良いタイミングで放精させられるようになっています.
参考: http://www2s.biglobe.ne.jp/~kurisan/koramu/chotinankou.htm )
 
繁殖だけが仕事,栄養分はすべて雌から供給されるという,「究極のヒモ生活」
ともいえる彼らの生き方ですが,地上の砂漠以上に荒涼とした深海においては,
以下のような合理性があります.
1. 本来はたくさんの雌と交尾して遺伝子を後代にたくさん伝えたいが,
 1匹の雌に出会うのも困難な環境であり,2匹以上の雌に出会うのはほぼ
 絶望的である.よって,「1匹目」を確実にキープする戦略の方が有利.
2. 深海に存在する“チョウチンアンコウの食べ物”は量が限られており,
それを同種の雌雄で取り合う無駄を回避できる.
こうしたメリットがあるために,苛酷な生存競争を生き抜いてこれたのでしょう.
 
この特異な繁殖形式は今から80年くらい前に発見され,生物学者
注目を集めてきました.チョウチンアンコウ類の雄の生き方は生物学上
「寄生」の範疇に入りますが,脊椎動物で完全な寄生性の生物はほかに
知られていません.
また,雌雄の組織融合の際に免疫反応が起こらない理由はいまだに
明らかになっていませんが,臓器移植の拒否反応を防ぐ研究などに
おいて関心が寄せられています.
 
一般にも結構ショッキングなお話であるので,ときおりマスコミで
取り上げられたり(『トリビアの泉』でも紹介されました)しています.
ただ,こういう場や,こうした情報を見て他人に伝えるときに,
しばしば「アンコウの雄は…」という話になっていることがあります.
あくまで“アンコウ目の中の,チョウチンアンコウのグループの中の,
いくつかの種でみられる習性”ですので,その点ご留意ください.
(食べる「アンコウ」はすでに述べたとおり普通の繁殖方式です.)
 
 
以上,長くて長くて本当に申しわけないが
(いや,思いのほか調べながら書くのが楽しかったので)
アンコウの生態,繁殖についてざっと「説明」してみました.
参考になりましたら幸いです.
でわ.